基幹情報システムの刷新を考える ~何のための情報システムなのか~ 

 江崎グリコのシステム障害は注目度が高いようで、前々回書いたブログ「江崎グリコのシステム障害を考える」のアクセス数がとても多くて、驚いています。注目度が高いのは、基幹情報システムを刷新しなければいけない多くの企業の情報システム関係者が、このシステム障害の一件は他人事ではないと感じているからなのでしょう。今回は、企業の情報システムが抱える問題についての私見を書いていきます。

基幹情報システムの老朽化とDX

基幹システムの老朽化問題

 今の企業の基幹情報システムは、1960年代からの「電算化」に端を発したものです。「電算化」とは、元々人間がやっていた業務の一部をコンピュータシステムに置き換えることで、最初は、メインフレームコンピュータ上に、受発注業務、販売管理、在庫管理、財務会計などの定型的な業務が電算化されました。1990年ごろから、コンピュータのオープン化が進み比較的簡単にシステムが作れるようになったため、部門ごと、業務内容ごとに多数のシステムが入り乱れて作られるようになり、これが現在まで続いています。

 気がつけば、部門ごとに開発されたシステムが多数乱立した状態になり、さらに経年によってシステムの中身はだんだんわからなくなっていき、運用・維持に多大なコストがかかるようになっていました。これが、多くの企業が直面している基幹情報システムの老朽化問題です。

免罪符としてのDX

 このようなシステムを維持していくのは年々難しくなり、情報システム部門は「情報システムの刷新」を計画するわけですが、長年積み重なってきた巨大な規模のソフトウェアをそのまま刷新すると費用が巨額になってしまいます。「巨額の投資をしてもこれまでと出来ることは同じ」という計画では、経営陣に承認される見込みは極めて低くなってしまいます。そこで、計画を通すための言い訳として登場するのが「DX化」です。「経営・事業・業務全層での一貫したデータに基づいた判断/意思決定スピード化」「業務効率化による付加価値の向上」などを実現するという目的が計画に「後付け」されることになります。

ERP導入に関する誤解

 とは言うものの、やはり巨額の投資は何とかしたいわけで、情報投資額を抑えDXも実現できるような一挙両得なソリューションが必要になります。これに対して、情報システムベンダーやコンサルタントが持ってくるソリューションが、SAPなどが提供しているERPアプリケーションパッケージの導入です。「ERP導入によって業務を効率化し、DXを実現する」という謳い文句で喧伝していますが、これを鵜呑みにしてはいけません。

ERPパッケージ導入だけでDXができるわけではない

 ERPパッケージで標準的に用意されているアプリケーションを使えばパッケージが標準で用意しているデータベースに一元的に集まるので、これをDXの用途に使いやすいという側面はあります。しかし、ERPパッケージを導入さえすればDXができるようになるわけではありません。

 DXの本質は、集まったデータをどう使うかという事です。データを分析するための仕組みや、ERP以外のデータとの統合も必要で、そのために別のシステムが必要になります。SAPの場合だとSAP AnalyticsやSAP Business Technology Platformなどがこれにあたりますが、このための費用が別に必要になってしまいます。

 Fit to Standardが正義ではない

 ERPパッケージを使って費用を削減するためには、パッケージが提供する標準のアプリケーションに業務を合わせ、アドオンでの作り込みを極力少なくする必要があります。SAPおよび、SAPを担いでいる情報システムベンダーやコンサルタントは「Fit to Standard」という言い方でこれを推奨しています。「SAPが提供している機能こそがグローバルスタンダードであり、これに合わせることこそが正しい」の言わんばかりですが、当然そんなことはありません。

 やり方を変えても得られる結果が変わらないのであれば、SAPに合わせる方が良いでしょうが、SAPの提供するやり方よりも明らかに優れた(あるいは、その企業に合った)やり方をわざわざ変える必要はありません。独自の価値を生み出している業務プロセスを、グローバルスタンダードに変えてしまうと、企業の競争力を削ぐ結果になりかねません。

 また、一旦標準アプリケーションを導入してしまうと、その後、改善のために業務を変えることは難しくなってしまいます。アプリケーションはSAPの都合で変わることはあっても、自分達の都合では変えられません。

Fit to Standardはユーザ部門に受け入れられない

 ERPパッケージが提供する標準アプリケーションが導入企業の業務に適用できるのかを見極めるため、情シス部門(+社外コンサル)がユーザ部門に対して「Fit & Gap Analysis」 もしくは単に「Fit & Gap」 と呼ばれる調査を行います。しかし、Gapがあった場合に、パッケージに合わせて業務のやり方に合わせて変えようと言ってもそう簡単にはいきません。

 ユーザ部門のほとんどの実務担当者は、実際に自分たちがやっている業務については詳しく語れますが、部門の全ての業務を知っているわけではありませんし、各業務プロセスが持つ意味や背景などの全体像を全て理解しているわけではありません。そのため、業務を変えられるかどうかの判断はできませんし、判断できないものを受け入れられるわけもありません。優秀な人でも、自分たちのやっている業務に対してメタな見方をするのは非常に難しいのです。また、業務を変えろと言われると、ユーザ部門は、自分たちが長年改善し積み上げてきた事が全て否定されているように感じてしまいます。これも、変えることを受け入れられない要因になります。

 情シス部門や社外コンサルのには、小kのようなユーザ部門を「昔からのやり方に固執し変化を好まない抵抗勢力」と捉える向きもありますが、必ずしも意味のない固執が原因ではないような気がします。

企業の情報システムの本質的な問題

何のための情報システムなのか? 

 今の企業の情報システムは、人がやっていた業務をシステムに置き換えて効率化するというレベルのものではなく、これがなければ業務が成立しないというものになっています。グリコのシステム障害で製品が供給できなくなってしまっている事実がこれを証明しています。今後、ますます、情報システムは業務と一体となって行くだろうと思います。

 私は、これから企業が生き残っていくためには、世の中に合わせて提供する製品や仕事のやり方を柔軟に変え、絶えず改善していく必要があると思ってます。優れた仕事のやり方に変えることができれば、それが企業の価値となっていくはずです。仕事のやり方を変えるということは、それと一体のシステムも変えるということです。これからは仕事のやり方(つまり業務プロセス)の設計と情報システムの設計を合わせてやっていくことになるだろうと思っています。

なぜ大事なことを人任せにするのか?

 情報システムが業務と一体であると考えると、情報システムを人任せにするというのはあり得ないことです。しかし、日本の多くの企業が、これをITベンダーやコンサルタントなどの外部の手に委ねてしまっています。また、以前は情報システム部門を持っていた企業もこれを子会社化し切り離してしまっています。このように、大事な事を人任せにしてしまっていることが、本質的な問題なのだと思います。

 システムを外部に依存していては、仕事のやり方を柔軟に変えていくなどできるわけがありません。どんな業種であろうと、情報システムは専門外だからなどと言い訳をしている場合ではありません。情報システムの設計は自分の中に取り込むべきです。

情報システム部門はどうなっていくべきなのか?

 情報システムの設計を自分の中に取り込むとなったとしても、単にITエンジニアを雇って情シス部門を拡充するのではあまり意味がないよう思います。業務の設計と社内のシステムの設計は一体でなければなりません。業務の設計は各部門で、システムの設計は情シス部門でと言うのは無理があり、組織間の分断を招くだけになってしまいます。情報システムの設計も、業務を行っている各部門で業務の設計と併せて行うのが自然だと思います。

 この時に必要になるのはITだけができるIT人材ではなく、ある業務分野の専門知識があり業務の設計ができる、言わば二刀流のITエンジニアです。以前のブログ記事「DX人材論 〜モノづくり企業で機能するDX人材とは〜」でも書きましたが、DXの実現のためには、複数のロールをこなす人材が必要です。このような人材は、最初から従来と違う職種として採用し、部門内で育成し、しかるべき処遇をするべきでしょう。育成の過程で各部門の業務を理解するために実務経験も積む必要もありますが、最終的には実務とは一線を画した、業務に対するメタな見方ができるような(例えば事業企画的な部署)に配置するイメージです。

 一方、従来の情シス部門は、各部門の専門ITエンジニアとコミュニケーションを取りながら、業務システムを動かすためのITインフラの設計や運営などのより技術的な専門性の高い役割に重心を移していくべきだと思います。

今できることは?

 とは言うものの、現状がそんなに簡単に変わるわけもありませんし、時間のかかる話です。社内の情報システムの関係者が今やれることは、何でしょう?

 もし、今情報システムの刷新を計画しているのであれば、まずは、将来に禍根を残さないためにベンダーロックインを極力回避するべきでしょう。現状では外部のベンダーに委託しないと情報システムを構築することもできまないかもしれませんが、将来情報システムを社内に取り込むことを見据えた工夫をするべきです。できるだけ、仕様がオープンになっているパッケージを選び、ベンダーが設計したもは設計根拠のドキュメントを求めるなどが考えられます。また、単に丸投げするのではなく、プロジェクトを通じてユーザ企業自身が学ぶ姿勢も大切です。

 もし、すでに情報システムの刷新プロジェクトをやっているのであれば、新たにできることは限られています。無駄なFit & Gapに時間をかけすぎず、ある程度は諦め割り切ることや、プロジェクトの状況をよく見て、これではダメだとなった時にプロジェクトを止め見直す勇気を持つことなどがありますが、どちらも口で言うほど簡単ではありません。そうならないように幸運をお祈りします。

(了)

  

基幹情報システムの刷新を考える ~何のための情報システムなのか~ ” に対して1件のコメントがあります。

  1. TMEIC三上 より:

    誤植があります。

    情シス部門や社外コンサルのには、小kのようなユーザ部門を

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