技術系管理職の仕事

 管理職になりたくない人が増えており、最近の調査などを見ていると若い世代ではおおよそ8割の人は管理職になりたくないと考えているそうです。一般的に、技術職の方がその傾向が強い傾向にあり、昇進を断るケースも多くなっています。管理職になりたくない主な理由は以下とのこと。

  • 現場の仕事を続けたい。自分の専門領域における知識とスキルの維持・向上に注力したい
  • 責任が重い。自分には務まらないと思ってしまう
  • ストレスの高い面倒な仕事が多い。コミュニケーションが苦手
  • 業務内容や業務量に報酬が見合っていない

 わからなくもないです。私はずいぶん前に管理職になりましたが、なる前は同じように感じていました。ただ、自分の中では、技術部門の「管理職」は「設計エンジニア」とか「フィールドエンジニア」などと同等のエンジニアの一つの役割で、誰かがその役割をやらないと仕事が成立しないとも思っていました。さらに相応の報酬も期待できたので、管理職になることを断ることはありませんでした。

 結局、15年ほど管理職をやりました。大変だったことや嫌なこともありましたが、幸いなことに、管理職にならなければ良かったとは思いませんでした。管理職をやっていたことで得たものはたくさんあります。さらに「あの時こうしておけばよかった」と思うことは、もっとたくさんあります。管理職になった方が良いかどうかは、その人の価値観にもよるので何とも言えませんが、管理職に「なってしまった人」には多少役に立つ話ができるかもしれません。管理職をやる上でのちょっとした知恵や知識に関する話をいくつか書いていきたいと思います。

技術系管理職の特徴

 部門の計画を策定したり、部下が生産性高く働けるように管理したり、人材を育成したりという仕事は、どの部門の管理職でも同じかと思います。ただ、技術系管理職の場合、その他の部門の管理職とは少し違う以下のような側面があるように思います。

技術的負債との対峙

 ほとんどの技術系部署では、過去に開発・製造・販売してきた製品への対応も求められます。過去の製品に何にも問題がないというのことはまずあり得ないので、大なり小なり過去の問題への対処が必要になります。

 ソフトウェア開発においては、技術的負債(Technology Dept)という概念があります。時間がかかるより良いアプローチを使用する代わりに、スピードを優先するために安易で不完全な解決策を選択したために、後で生じる追加の修正などの潜在的コストのことを言います。これはソフトウェア開発に限定した話ではなく、どのような分野にでもある話なのではないかと思います。中には、この負債が大きくなりすぎ、市場不具合への対処などにほとんどの時間を取られている管理職もいます。

技術者であり続ける必要がある

 通常、技術部門では事業に関わる何らかの技術的意思決定をする必要があります。意思決定の責任はその部門の管理者にあります。意思決定は技術的な裏付けがあった上でされないと意味がなく、管理者は技術的な判断を自ら下す必要があります。自分の部下に技術的な判断を委ねることは可能ですが、事業に関わるような意思決定は自分で行うべきです。

 管理者は技術的な判断ができるように「技術者であり続ける」必要があります。日々の技術の進化は早く、事業に必要な技術も時代によって変化していきますので、継続的に学び自分の技術知識をアップデートしていくことが求められます。

技術的事項を他部門にわかるように説明する必要がある

 自部門で下した技術的な意思決定について、技術者以外の他部門や顧客に説明し納得してもらう必要があります。技術者以外にもわかるように「言語化して」説明をすることが必要です。当たり前と言えば当たり前なのですが、これが結構難しく、苦手なエンジニアは多いです。

技術系管理職の悩み

 技術系の組織も、設計部門、生産部門、品証部門など様々で、やっている仕事も当然同じではなく課題も同じではないはずですが、それでも結構各部門に共通したパターンがあるように思います。

仕事が多すぎる

 そもそもやらなければならない業務が多く、それぞれにの業務に時間が十分に取れないという悩みです。メンバーの目標管理および評価、職場の環境整備、部門によってはプロダクトマネージメントやプロジェクトマネージメント等。必然的に打ち合わせの回数も多く時間を取られます。これに加えて、市場で発生した問題に忙殺される発生した不具合への対処、顧客からの問い合わせや要求への対応など、非定常的な業務が発生します。さらに社内説明のための資料の作成にも時間がかかってしまいます。

人材がいない

 「人的リソースが足りないのになかなか人員を補充してもらえない」、「頭数は揃っているが使える人が少なく、少数のエンジニアに依存している。」などの悩みです。結果的に自分がプレイングマネージャーとして働いてしまい、さらに仕事を増やしてしまいます。また、これを何とかしようとしても「人が育たない」「採用がうまくいかない」ということで悩んでしまうこともあります。

関係部門との調整が難しい

 技術系管理職には、ビジネス部門と技術の現場をつなぐ役割もあります。顧客やビジネス部門からの無理な納期や仕様の変更などに技術部門は悩まされることもありますが、技術的な観点でビジネス部門に働きかけ、また自部門の業務を管理することで摩擦を軽減する必要があります。技術を他の部門の人にも理解できるように説明できる言語化能力、コミュニケーション能力が必要なのですが、エンジニアはこれが苦手な人が多く悩んでいる人は多いように思います。

 さらに悩みを深くさせているのが、これらに対処するための方法を教えてもらう機会がほぼないという事実です。職場の先輩等から断片的にノウハウや知識が引き継がれているケースがあるかもしれませんが、体系的にまとめられていて、教育や研修を事前に受けると言うことは、まずないのではないかと思います。共通的な悩みも多いので、もう少し知識が体系化されて共有されても良いように思うのですが。

技術系管理職に必要な知識

 このような技術系管理職の悩みに答えてくれるような文献はないか探してみたところ、一つ見つけることができました。American Society for Engineering Management (ASEM)による A Guide to the Engineering Management Body of Knowledgeと言う書籍で、幅広い分野のエンジニアリングマネージャーに必要な以下の知識が体系的に書かれています。

  • リーダーシップと組織マネージメント
  • 戦略立案とマネージメント
  • 資金マネージメント
  • プロジェクトマネージメント
  • 品質マネージメント
  • 運用・生産マネージメント
  • 技術マネージメント、研究開発
  • システムエンジニアリング
  • エンジニアリングマネージメントにおける法的問題
  • 職業行動規範と倫理

 残念ながら日本語訳されたものはありませんが、英語の原書はAmazonなどで入手できます。また、American Society for Engineering Management (ASEM)に入会すると、ASEMのサイトからPDFフォーマットのものがダウンロードできます。この後の投稿記事で概要を少し紹介していこうと思います

 またこの中には出てきませんが、ソフトウェア開発における「技術的負債の受け入れと解消」という概念は、他の分野でも有用な重要な話だと思いますので、これについても今後書いていこうと思います。

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