今更ですが、DXって何でしょう?

 長年エンジニアをやっていると、いわゆるバズワードは斜に構えて見てしまいます。それっぽいけど定義が曖昧で実態がない言葉は、そのうち消えるだろうと思っているので、最初は極力使わないで様子を見ます。しばらくして世の中の定義が定まり、自分なりに腑に落ちてくると使い始めます。「DX」もそのうち消える言葉の一つだと思っていましたが、そうはなりませんでした。色々なところで頻繁に使われる用語になってしまい、私も渋々使い始めることになりました。ただ、いつまで経っても腑に落ちないので困りました。会議などでDXという用語を口にする度に、落ち着かない気分になってしまいます。腑に落ちていないのは私だけでしょうか? 最近になって、やっと、ある程度納得できる考え方を見つけました。もしかしたら、未だにDXが腑に落ちていない人の役に立つかもしれませんので、これについて書いてみようと思います。

DXの定義

 ご存知の通り、DXは「デジタルトランスフォーメーション (Digital Transformation)」の略称です。経済産業省が2018年に「DX 推進ガイドライン」の中で以下のように定義しています。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

経済産業省「DX 推進ガイドライン」2018年

また、経済産業省が2018年に公表した「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」の中でIDC Japanによる以下の定義が引用されています。

企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること

IDC Japan 「Japan IT Market 2018 Top 10 Predictions: デジタルネイティブ企業への変革 – DX エコノミーにおいてイノベーションを飛躍的に拡大せよ」 2017 年 

書いてあることの意味はわかります。でも、これについて他の人と話をするとしっくりこないのです。どうも話が噛み合わない、、、、

なぜ話が噛み合わないのか?

 DXという言葉は、かなり概念的で広い範囲の意味を持つ言葉です。範囲が広いので、ある部分を切り取って理解をされることが多いのだと思います。切り取る部分が人や立場によって違います。違うことを同じ用語で話しているので、話が噛み合わなくなるのだと思います。以下は典型的な例です。

「変革」「創出」が強調されて切取られる

 先ほどの経定義では、「変革」「価値の創出」などの強い言葉が使われています。この部分が過度に強調されて切り取られているパターンがあります。大手コンサルファームのDXの説明では、「変革」「価値の創出」が強調されがちです。このため、ビジネス系職種の人は経営層の人も含め、こちらに引っ張られることが多い印象です。このような理解をする人には、以下の傾向があります。

  • 極端に「変革」したり「新しいものを創出」しないといけないと思い込む
  • 「価値の創出」に囚われすぎ、デジタルに投資すると、何か全く新しいものが生み出せると錯覚しがち
  • 「変革」に囚われすぎ、その反動で現行の事業を否定する方向に行きやすい
「デジタル」が強調されて切取られる

 これは、手段である「デジタル」の部分が過度に強調されて切り取られているパターンです。IT系のベンダーのDXの説明は、その会社が持っているものを含め「デジタル化するための製品やシステム」が強調されているものが多く、この説明を聞く機会の多い技術系職種の人はこちらに引っ張られがちです。このような理解をする人には、以下の傾向があります。

  • 自分達が理解しやすい技術問題としてDXを捉えがち
  • 情報システムの刷新やIT技術の導入が目的化してしまう。これによって事業として何がどう良くなるかまでは考えていない
  • 特に「2025年の崖」問題*(情報システムの老朽化問題)の話になりがち
* 2025年の崖」問題: 2025年には、企業のビジネスの中核を支える基幹系システムのうち、導入から21年以上経つものが6割を超え、その維持管理のために多大な損失が発生するという問題。2018年に経済産業省が公表した「DXレポート」の中で問題提起された。DX推進以前に解決すべき阻害要因としてこの問題が語られている。

両者が同じ会議に出席してDXについて語り出すと、話が噛み合うわけもなく、落ち着かない感じで会議は終わります。(噛み合ってはいませんが、結果的に情報システム予算だけは増えるかもしれませんが。)

DXに関する誤解

 こうなってしまう背景には、使われている用語に対する誤解があるのではないかと思います。誤解するポイントは2つあると思います。

Transformationに関する誤解

 “transformation”の本来の意味は“the act or process of changing in composition, structure, character or condition.” で、日本語にすると「変化」「変質」が適当です。少し違いますが「改善」も近い言葉かと思います。一方「変革」の英語は”innovation”で“the introduction of something new.”です。「何か新しいものの導入」と言う意味になります。「変革」という日本語を使ったがために、DXは何か全く新しいことをしなければならないものと思われてしまっているように思います。さらに、これが「新しい価値の創出」へとつながっています。しかし、有名な事例を見ても、これまでとは違う全く新しいものを生み出してユーザーに提供しているケースはほとんどありません。

  • Netflixが提供しているのは「映像コンテンツ」です。昔レンタルビデオで提供していたものも「映像コンテンツ」であり、本質的には同じです。ただ、提供の仕方が「配信」「サブスクリプション」に変わっており、こちらの方が圧倒的に便利なのでレンタルビデオと言う商売はなくなりました。
  • Amazonが成功したのは小売業であり、販売している物は従来からあった物です。ただ、ユーザが買い物をする場をオンラインにして、選択肢を大幅に増やし、パーソナライズされた商品レコメンデーションを提供することで、ユーザの利便性を圧倒的に向上させました。

 ユーザーに提供するものは本質的には変わらず、提供の仕方や提供するまでのプロセスが変化しています。その結果として「変革」が起きています。普通の企業が、NetflixやAmazonのような変革を起こすのは大変難しい話ですが、提供するものは変えずに、提供の仕方や提供までのプロセスを変えて、今よりも良くすることはできるはずです。「提供方法やプロセスを一から考え直し、効率化、短時間化、価値の向上など「改善」を突き詰めることで、結果的に変革が起きることがある」くらいに考えた方が良いと思います。

Digitalに関する誤解

 “digital”を「デジタル技術を使って」と解釈するとIT技術を使うことが"transformation"の手段のように見えます。でも、本来の意味は多分違っていて、”digital”は”digital data”と読み替えるべきだと思います。「デジタルを使って」ではなく「データを使って」の方がより本質的なのだと思います。

 本当に活用したいのは「データ」とそこから得られる「情報」です。より価値の高い情報を得るためには、大量、多種のデータを活用する方が有利になります。大量、多種のデータは「デジタル化」してIT技術で処理しないと追いつかないので、その手段としてIT技術を使うことになります。データが伴わないと、IT技術だけを導入しても意味はないのです。

で、結局DXとは何でしょう?

 以上を踏まえると、私の解釈ではDXとは「事業を改善したり価値を高めるのにデータを活用しましょう」ということになります。

 結構、当たり前の話になってしまいました。「当たり前のことを大きな声で言っているだけ」なのかも。IT業界の人やコンサルティング業界の人にとっては、この解釈は非常に良くないのかもしれません。当たり前すぎると、なかなかお金にはならないので、、、

 いずれにしても、デジタル技術が重要なことは変わりませんし、変革かどうかはともかくとして自分達のやっていることを変えることが必要なのも変わりません。やることは同じです。でも、少なくともこれまで既存の事業を通じて価値を生み出し続けてきた企業にとっては、こう解釈した方が、具体的にやるべきことがはっきりし、成功しやすくなるのではないでしょうか。「変革」「新たな価値の創出」などの強い言葉に惑わされずに、やるべき事をやれば良いのだと思います。

余談

 プロ野球のピッチャーのデータ活用の話。ラプソードとかトラックマンとかの弾道計測・解析器を動画などでよく見かけます。高性能カメラとレーダが搭載されており、球速、スピン量、スピン効率、回転軸の方向、球の変化量などのデータが取れるものです。これらのデータ活用が進んだ結果、エグい曲がり方の変化球を投げるピッチャーが増えているように思います。DXの成功事例と言っても良いと思うのですが、あまりそうは言われてませんね。

 このような投手の技術の進化などにより、メジャーリーグでも日本のプロ野球でも投高打低になっています。この状態を解消する狙いで、MLBは独立リーグでバッテリー間の距離を30cmほど長くする実験的ルールを導入するとのこと。もしMLBに導入されたら、野球というスポーツにとって大きな変革になります。選手がデジタルデータを活用して改善を積み重ねた結果、変革が起きるということになるのかもしれません。

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