DX人材論 〜モノづくり企業で機能するDX人材とは〜

 世の中のデジタル化、所有から利用への流れが加速していく中、製造業をはじめとした従来「モノづくり」を生業にしていた企業は、デジタルを活用した「コトづくり」へのシフトを模索しています。しかし、問題になるのは「誰がこれをやるのか?」ということで、多くの企業の人事部門は、人材をどう確保するのかに頭を悩ませています。

 今回は、最近まで製造業のエンジニアや管理職だった私の視点で、モノ作り企業のためのDX人材論を書いてみます。

DX人材の確保に悩む企業の現状

 DXと言われてかなり経ちますが、多くの企業ではDXを推進していく人材がいないことが問題になっています。帝国データバンクの「DX推進に関する企業の意識調査(2022年9月)」よると、DX に取り組むうえでの課題の調査では、「対応できる人材がいない」(47.4%)と「必要なスキルやノ ウハウがない」(43.6%)を挙げる企業が4 割超となり、1、2位となっています。

IPAの「DX白書 2023」によると、2022年度の日本企業に対する調査では、DXを推進する人材の「量」は49.6%の企業が「大幅に不足している」と答えており、人材の「質」が「大幅に不足している」企業は51.7%だったとのことです。さらにDXを推進する人材の獲得・確保の課題を尋ねた結果「戦略上必要なスキルやそのレベルが定義できていない」(47.6%)「採用したい人材のスペックが明確でない」(42.2%)の割合が高いことがわかっています。

本当に必要なDX人材像

IPA「デジタルスキル標準 ver1.0」のロール一覧 (クリックで拡大できます)

 IPAによる「デジタルスキル標準 ver1.0」では、DXを推進する主な人材を、「ビジネスアーキテクト」「デザイナー」「データサイエンティスト」「ソフトウェアエンジニア」「サイバーセキュリティ」の5つの人材類型と、さらに業務の違いによってさらに詳細に区分した13のロールで定義しています。細かい分類や名称などが、多少変なのは置いておいて、必要なスキルとしては概ねこのようになるように思います。しかし、単純にこれらのスキルを持ったエンジニアを集めればDXは推進できるかというと、そういうことではないでしょう。さらに考えないといけないことがあるように思います。

 DXの推進は事業を拡大していく段階になるまでは、試行錯誤を伴いながら進めていくものです。少人数のチームが一体となり、実際にプロトタイプを作りながら短いサイクルで仮説検証を繰り返すスクラム開発の手法がよく使われます。例えば、IPAの定義したロールごとに優秀な専門家を集めてスクラム開発をやったとします。恐らく10人以上の人数になるでしょう。これでスクラムをやってもあまりうまくいく気がしません。

DXによる事業フェーズ

 単一のことに特化した専門家は、高度な専門知識が活かせる問題が明確になっている場合は力を発揮します。ソフトウェアエンジニアは、何を作るかが決まれば、それを最適な方法で実現してくれるでしょうし、データサイエンスプロフェッショナルは必要なデータがあれば、それを解析して価値のある発見をしてくれるでしょう。しかし、試行錯誤の段階では、何を作り、何を分析するのかが明確に定まっているわけではなく、高度な専門知識を活かせる場面は多くはありません。

 また、役割を細分化してしまうと、各々の持ち場以外のことにはなかなか考えがいかず、コミュニケーションが煩雑になり何をするにも時間がかかってしまいます。スクラムで試行錯誤をやっている間は、多くの専門家を集めるやり方はむしろ足枷になりかねません。

本当に必要な人材像 [その1] 多数のロールをこなせる人材

 スクラムを適切に実践するには、人数を少なくし多様なスキルを持つ少数の人材でスタートすべきです。単一の専門家が多く集まるよりも、複数の役割をこなせる人材が必要であり、ビジネスアーキテクトやデザイナーがデータやソフトウェアを直接扱えることが重要です。いちいち他人に考えを伝え、モノを作ってもらったり実験してもらったりしていては、時間がかかりすぎ仮説検証は進みません。

 この話をすると、「このような多くの技量を持つ、"スーパーマンのような"人は現実にはほとんどいないのでは?」と言う人もいるのですが、別にスーパーマンである必要はないと思います。必要なのは、1つの技術が完璧に近いの90点以上の人よりも、及第点の60点以上が5つの人です。90点完璧に近づけるためには技術を蓄積する長い時間がかかりますが、同じ時間で60点5つくらいはいけそうです。これならできるのではないでしょうか?

 さらに、「60点でいいのか?」と言う疑問も出てくると思いますが、チーム内に60点の技術レベルをもつ人が複数人いれば、知見を補い合うことで90点以上の結果が出せると思います。「三人寄れば文殊の知恵」ですね。

本当に必要な人材像 [その2] 業界を俯瞰してみることが出来る人材

 特に「ビジネスアーキテクト」には、DXの対象とする事業領域の知識(ドメイン知識)が必ず必要ですが、これが意外と問題になります。多くのモノづくり企業は、作っている製品に関する知識は当然あり、また製品を販売してもらう代理店がどういう製品を求めているのかは知っていますが、代理店が売った先のエンドユーザがその製品をどのように使っているのかは、意外と知らなかったりします。

 新たな価値を見出したり、大きな課題を解決するためには、これまでの自分たちの領域だけの知識では足りず、サプライチェーン全体について知見を広げる必要があります。また、単に知っているだけではなく、全体を大きく俯瞰的に見て問題を見出していく必要が出てきます。「俯瞰的」に見ると言うのは意外と難しく、これができる能力というのは非常に重要だと思います。

従来型企業の抱える問題

 先に出てきたIPAの「DX白書 2023」によると、DXを推進する人材の獲得・確保の方法を尋ねた結果「社内人材の育 成」(54.9%)の割合が一番高く、次いで「既存人材(他部署からの異動も含む)の活用」(47.7%)「外部採用(中途採用)(44.3%)となっています。

 社内でリスキリング教育を行い、人材のシフトをしていこうという企業が多いことがわかりますが、モノづくりを長年やっていた企業のエンジニアをDX人材に転換するのはそう簡単ではありません。障壁となるのは彼らの以下のようなメンタリティ・価値観です。

エンジニアは突き詰めたい

 モノづくりを長くやってきた企業では、効率を求めて分業化が進み、組織は細分化・専門化されていきます。その中でエンジニアに求められるのは、専門分野を突き詰め高度化することです。技術を突き詰めることは日本人の強みでもあり、企業としても、それが競争力の源泉となってきましたので、そういう人を評価し、そうなるよう教育してきました。そんななわけで、エンジニアは突き詰めることを好み、もはや習性にさえなっています。

 しかし、先に書いたようにDX推進には、一つの技量だけが完璧に近い人よりも、「そこそこ」のレベルであっても複数の技量を併せ持つ人の方が必要になります。これは、従来のモノづくりにおいては一般的な価値観ではありません。敢えて突き詰めず、そこそこで良いという考えは、なかなか受け入れられません。

エンジニアは技術以外のことに興味がない

 従来型のモノづくりに関わってきたエンジニアは、当然モノを作ることには興味はあります。しかし、その一方で、それがどのように使われていて、どう役立つのかということにはあまり興味がありません。決められたスペックや目標を実現することには執着しますが、なぜそのスペックや目標になるのかということにはあまり頓着しません。結果として、利用者のニーズにあまり頓着していないということになります。利用者のニーズがビジネスのためには大事であることはわかってはいるのですが、それは自分の仕事ではなく、マーケティング部門など他の人の仕事だと思っている節があります。

エンジニアは仮説検証が得意でない

 従来から長く提供されてきた製品を担当しているエンジニアは失敗するのを恐れます。元々、エンジニアリングとは「確立された」理論を基に製品を実現するものです。従来から同じ製品を作って来ている場合、積み重ねた経験に基づき、成功する確信が持てる方法で製品を実現します。製品を実現するための試行錯誤はするのですが、それはあくまで何を作ろうとしているのかが決まった上で、製品化の前の研究開発の段階でのものです。

 一方で、ビジネスが成功するかどうかは、さまざまな要素が複雑に絡み合って決まるので、あらかじめ予見するのは当然難しくなります。そのために、何を作れば良いのか「仮説」を立ててそれを検証しながら事業開発を行いますが、エンジニアは仮説の確からしさにこだわり過ぎます。実際にはやってみないと仮説が正しいかどうかはわからないのですが、失敗を恐れなかなかアクションが起こせない傾向があります。

モノづくり企業の人事に考えて欲しいこと

 このように、従来型の「モノづくり」エンジニアと、これから「コトづくり」をするエンジニアの考え方はかなり違ってきます。同じエンジニアではありますが、別の職種と考えた方が良いと思います。従って、人材評価の仕方や人材育成の方法も異なるものと考えた方が良いでしょう。例えば、先ほどの「多数のロールをこなせる(でも全部60点くらいの)人材」の評価の仕方や育成の仕方はこれまでとは違うものになるはずです。

 社内の人材をDXのための人材として活用するのであれば、前述したモノづくりエンジニアの考え方を理解した上で、その人の特性をよく見て、合う人をDX推進役にすべきです。従来の事業で優秀な人材がDX推進において優秀ということではないということに注意が必要です。また、リスキリング教育にも注意が必要です。純粋にIT技術やデジタル技術を身につけるための教育は良いのですが、DXに関する考え方や価値観の押し付けは、特に長年モノづくりをやってきたエンジニアのモチベーションを低下させかねません。

 外部に人材を求めるのであれば、単純な技術スキルだけで人を採用するべきではありません。闇雲に単一スキルだけを持っている人を多く採用するのはやめた方が良いと思います。また、新しいDX人材を従来型のエンジニア部門に混在させるのはあまり良い考えではありません。価値観の異なる職場で新たに雇った人が十分評価されるとは思えませんし、価値観の違いによる軋轢や職場全体のモチベーションの低下が起きるリスクがあります。

これからのエンジニアに期待すること

 日本人の長所は、モノにせよコトにせよ作るものを突き詰められる人が多いことで、それはこれからも変わらないと思います。このような人たちにリスペクトを持ち、強みを活かせる人がビジネスをリードしていってもらいたいと思っています。なので、私は技術者から「ビジネスアーキテクト」になる人がもっと増えてほしいと思っています。

 これから企業に必要とされるのは、モノを作るだけでなく何のためにモノを作るのかの意味を考えられる幅広い知見を持ち物事を俯瞰して見ることができるエンジニアです。そのために、世の中に広く目を向ける努力をしてほしいと思います。企業の中に入ってしまうと、日々の仕事に追われ、自分がやっている仕事にしか目が向かなくなりがちです。企業の中だけで通じる論理に染まり、世の中が普通に求めるものがわからなくなってしまいます。そうならないためにも、常に世の中を知る努力は必要なのです。

(了)

DX人材論 〜モノづくり企業で機能するDX人材とは〜” に対して2件のコメントがあります。

  1. 鶴川達也 より:

    興味深く拝読しました。ほぼ同感でして、以下、感想です。
    「役割を細分化してしまうと、各々の持ち場以外のことにはなかなか考えがいかず、コミュニケーションが煩雑になり何をするにも時間がかかってしまいます。」→ 特にコングロマリットでは、企業の構造自体が無意識のうちにこれを助長してしまい、もはやコングロマリットの宿命と感じます。社員一人一人の頭の中にトレードオフを持たせることが重要で(これだけやっていればよい、とならぬよう)、稲盛さんが提唱されたアメーバ経営もこれに近いかと思います。
    「敢えて突き詰めず、そこそこで良いという考えは、なかなか受け入れられません。」→ 確かに「そこそこ」評価されないですが重要な側面と思います。上手く肯定し辛いですが、例えば不良債権処理を指揮した三井住友銀行元頭取の西川さんは、著書「仕事と人生」の中で「仕事の出来は70点で手を打つ」とか「債権は30%回収できれば十分という感覚で臨む」とか言われてましたし、視野を狭くしない意味では、入山先生が著書「世界最先端の経営学」で説かれている「知の深化より知の探索が重要」なんて言葉も浮かびます。
    個々人の性格も重要な要素で、以前読んだ「成果を動かすイノベーター条件」では、「経験への開放性」という性格因子に触れられ、そのスコアが低い人は「保守的な信念の持ち主が多く、新規さや複雑さ、曖昧さを不快に感じる」とあり、こういう人が確かに身近にいると思うとともに
    、恐らくDXなどには向かないんだろうなと感じます。
    AD戦略に打ち破れて続けてきた会社人生から感じるところの一部を述べさせていただきました。

    1. 久山 より:

       鶴川さん、コメントありがとうございます。また、記念すべき、このブログ開設以来初めてのコメントということで、おめでとうございます。(特に、記念品は出ませんが)

       そうですね。「知の探索」っていう言葉がいいですね。広く探索するために「敢えて一つを突き詰めない」ということですね。
       あと、「保守的な信念の持ち主が多く、新規さや複雑さ、曖昧さを不快に感じる」という性格はどちらかというと後天的なもので、周りの環境(職場)がそうさせるのではないかと思っています。保守的でない、新規で複雑なことをすると、自分が損をすると思ってしまうような。
      やはり、広い世の中に目をむけて、狭い組織の中が全てではないという感覚を持ち続けることが大事なんだろうなあと思います。

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